2017年 08月 24日(木)

【コラム:第8回】優しいことは強いこと

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※当記事は、静岡新聞 夕刊「窓辺」(2017年8月21日)に掲載されたコラムです。
(静岡新聞許諾のもと紹介しております)
機会をいただきました静岡新聞様、ありがとうございます。
 
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母の死から19年。
 
闘病中の母の気持ちにもっと寄り添っていればという後悔は今も消えませんが、自分が死んだことで、子ども(私)の人生に暗い影を落とすのは、母も望まないはずです。
 
決めることが苦手で、人目を気にし、甘えてばかりだった私は、それから変わりました。
 
 
語弊を恐れずに言うと、「母の死は私や弟たちを良く変えた」と私も実感したいし、母もそうなってほしいはず。
 
そんなふうに考えられるまで時間がかかりましたが、私は母の生き方から「優しいことは、強いこと」と学びました。
 
いつも笑顔で優しかった母。
 
「優しい」とはどういうことかを、考えました。
 
 
人にはいろんな状態があって、物事がうまくいかないとき、気持ちが安定しないとき、体調が悪いときもあります。
 
自分も相手も。
 
優しさは、まず自身が強くないとできないと思うのです。
 
自分より相手のことを考えることができるか。
 
相手の状況、感情、価値観を受け入れることができるか。
 
相手が家族や大事な人でも、これは相当に気持ちが強くないとできないことではないでしょうか。
 
「優しい」のイメージや解釈はいろいろあると思いますが、私にとっては、常に公平で自分の感情に流されず懐が深いイメージです。
 
そのために必要なのは、自分の状態が良いときだけにできる親切さではなく、どんな状態にあっても笑顔でいられる強さではないか。
 
そんな価値観を持って今に至ります。
 
そしてこの点に関して、私はまだまだ修行中です。(了)

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